知花からは須恵器とおなじ土器がでています。沖縄では、須恵器の出る時期から按司時代(あじ)に入るといわれ13世紀ごろにはすでに城を中心とした集落があったようです。いわゆる琉球王府が統合する以前の地方豪族の時代です。知花按司は知花城を居城にして活躍しました。
沖縄古謡集である『おもろさうし』には、この知花按司の歌がよまれています。
知花にまします 目眉の美しい按司が
知花にまします 口もとの美しい按司が
御鉢巻きを 強く巻き給いて
白掛けの御衣を 重ね着し給いて ・・・・・
(十四巻986 外間守善著『おもろさうし』より訳文抜粋)
と、その容姿が歌われています。
本土復帰前、この東南植物楽園の場所は美里村字知花でしたが、復帰の2年後1974年に、旧コザ市と美里村が合併して沖縄市になりました。美里の語源については、確かなことではありませんが、昔むかし、美人が多い土地であったからという話も伝わっています。
沖縄古謡集である『おもろさうし』には、この知花按司の歌がよまれています。
知花にまします 目眉の美しい按司が
知花にまします 口もとの美しい按司が
御鉢巻きを 強く巻き給いて
白掛けの御衣を 重ね着し給いて ・・・・・
(十四巻986 外間守善著『おもろさうし』より訳文抜粋)
と、その容姿が歌われています。
本土復帰前、この東南植物楽園の場所は美里村字知花でしたが、復帰の2年後1974年に、旧コザ市と美里村が合併して沖縄市になりました。美里の語源については、確かなことではありませんが、昔むかし、美人が多い土地であったからという話も伝わっています。

